茨城県妖怪探検隊・探訪記
茨城県高萩市

一つ目小僧の坂道

地図


 2017年7月
 取材 士郎
 レポート 士郎


 高萩市下手綱字岩の作に、通称「岩ん坂」という坂がある。この坂の上には、茨城県立青松高校(元茨城県立松ヶ丘高校)がある。
 その昔、この岩ん坂に一つ目小僧が現れたという。
「一つ目小僧だぞ」と言って人を驚かせていたらしい(というより、単なる自己紹介だったのかもしれないが)。

 実はこの岩ん坂、陸前浜街道でもあるのだ。
 つまり、昔の国道6号である。

 国道461号から下手綱を結ぶ幹線道路の北側の末端。
 正面奥の丘の上に青松高校がある。
 今後、この道は青松高校の横を通って北茨城市の幹線道路とつながる予定である。
  
 画面の右端にちょっとだけ見えるのが、工事中の区間。
 現時点で岩ん坂へ行くためには、左側の細い道に入らなければならない。
 上記の道は進入禁止となった。
 車両で行く場合は左画像の右端にちょっとだけ見える太い道(上の画像の突き当たり)から進入すること。
  

 青松高校の看板のある細い道に入り、橋を渡って丁字路を右へと行く。

 ここが岩ん坂の登り口。
 
 中間地点を俯瞰した図。
 画像奥が坂下方面。
 同じく中間地点を俯瞰した図。
 画像奥が坂上方面。

 昔といっても時代は定かでないが、おそらくは江戸時代から明治時代の範疇だろう(漠然として長い)。
 無論、舗装などされておらず、道幅は狭かったと思われる。
 今以上に鬱蒼とした林に囲まれた、薄暗い坂道だったのだろう。
 しかも今でさえ、歩いて上るのはかなりしんどいのだ。
 しんどい上に一つ目小僧が出たりすれば、たまったものではない。
 一つ目小僧を撃退した人は聾唖だったそうだが、目が不自由でもこの坂を通ったのだから、仮に下り道を歩いていたにしろ、たいしたものである。

 さて、坂の途中に「鈴木玄淳の墓」なる史跡があった。
 鈴木玄淳は江戸時代の教育者であり、高萩市で医者として働く傍ら、弟子たちを教育するための塾も開設していた。
 その塾の生徒には、『日本輿地路程地図』を作成した長久保赤水がいる。

 岩ん坂の中間あたり、下り方面に向かって左に、鈴木源淳の墓へと至る階段がある。
 史跡ではあるが、普通に墓だった。


 岩ん坂の頂上から見下ろす。
 

 青松高校の通学路でもある。
 散策と登下校が重なった場合は、特に女子高生たちに「変質者」と思われないように注意しよう。
 こちらが妖怪になったのでは洒落にならない。


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 終わり。

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